登山

今シーズンで一番好きなアニメは何といっても、さよなら私のクラマー。原作は『四月は君の嘘』と同じ新川直司で、今回の舞台は女子サッカー。原作はもう終わっちゃったみたいだけど、君嘘と同じで2クールとかで最後までやるんだろうか。主人公は中学まで男子と一緒に練習してたけど試合には出られなくて、そして高校に入学して女子サッカー部に入るところから物語が始まる。他にも凄い一年生に恵まれて、別に主人公がいきなり無双する訳でもないんだけど、時々ノった時に誰も寄せ付けないようなプレーをして、そして何より楽しそうで、好きな作品。

孤独な努力が日の目を見て、でももちろん壁にもぶつかって、それでもどこかユニークな才能があって、というのに弱いんだと思う。やっぱり挑戦者でありたい。気負っていない若者が成長していくのを見ることによってのみ得られる類のカタルシス

こういう作品では、気負う王者側の苦しみにも同じくらい感情移入する余地があって、往々にしてそっちの歴史や思いの方が深かったりして、心が揺さぶられる。ぽっと出の、新進気鋭の若手でいられる時間って一瞬しかない。ちょっと高いところまで来たかもなと思ってしまうと、ふと階段の下を振り返ると、凄い勢いで駆け上がってくる奴がいる。守りに入ってしまって、今までみたいに自由にプレーできない、成長できない。11話を見た後、卓球のことを思い出して、なかなか眠れなかった。

卓球は、気負わない頃が一番楽しかった。部活に入って、初めての公式戦は団体戦だった。確か秋の中1大会。一人小学校の頃から卓球をやってる奴がいて、この学年は結構強いんじゃないかみたいな雰囲気があったけど、ポンポンと勝ち進んで、市の大会の決勝までいった。俺も決勝で優勝チームのキャプテンになんか勝って、団体としても2-3で惜敗だった。うちの学校はいつも団体でいうと市でベスト8、16を行き来してるみたいな(そもそも市のチーム数が50ちょっととかだったかな?)感じで、マグレかもしれないけど、なんかこの学年凄いんじゃないか、みたいな雰囲気になった。

今になってみると、男子校で一学年220人とかいたら運動部強くないと困るわな、とは思う。中学でどの部も割と強くて高校で勝てなくなるのは、スポーツ推薦とかそういうのもあるけど、単純に人数の問題だろう。公立中学が二、三マージされて高校が出来るのに中高一貫の側は人数が変わらないから、その後勝てなくなるのもまた仕方ない。もちろんいくつかの学校には名物顧問みたいなのがいて強さにだいぶ関わってくるんだけど、団体戦は中学だと6人(シングルス4人、ダブルス1組)揃えないといけなくて、物量戦だよなあ。

まあそれはそれとして、部活の大会ってシステムは結構面白い。うちの場合は市の中学が4つのブロックに(抽選でなのか、ある程度前年の成績を均すようになのか)多分秋口に分けられて、そこから次の夏までが1シーズン、基本的に小学校自体にめっちゃやってて入学即戦力ってのでもない限り、1年秋〜3年夏の2シーズンしか戦えない。

  • 秋:1年生大会・新人戦。どっちも団体戦。1年生の場合はブロック上位2チームが全市決勝、新人戦(2年以下)の場合は4チームが全市決勝に進出。
  • 冬:学年別の個人戦。1年生・2年生ともにブロックのベスト8が全市決勝に進出。
  • 春:学年無差別。個人戦はブロックからで、ベスト16が全市決勝。団体戦はトーナメント一発勝負。
  • 夏:春と基本的に同じだけど、全中に繋がっている。団体で言うと市ベスト4が府大会に進出、府ベスト2が近畿大会に進出。

というのが中体連の公式戦の大まかな流れ。で中1の次の公式戦は冬の学年別大会だった。この時には割と部内の実力順が固まりつつあって、1位登録で試合に出た。この順位登録ってのが結構人によっちゃ鬼門で、確か各校8人までしか出場できない。学年別大会は学年ごとに8人だからまだ良いんだけど、無差別になると上下でも争いがあったりする。この登録順位を決めるために大会前に部内総当たりをするんだよな。うちの部は確か最初学年14人とかで、半分近くは大会に出られなかった。

確かそれで1年生大会の結果も加味されて、確か初めての個人戦、ブロック予選第2シードかなんかからのスタートだったと思うんだけど、準々決勝で同じ部の奴に今度は負けて、その後順位決定戦とかもやって5位だった。対外試合で個人戦ってのが初めてだったから、予選通ったことが嬉しくて、その頃はシードの概念もよく分かってなかったし、素直に喜んでたと思う。ブロック予選は同じ学校同士が準々決勝まで当たらないように(8人までいるのでそれ以上は無理)トーナメント表が調整されてるけど、確か全市決勝は各ブロックの順位によって完全に決まってたと思う。ブロック間の置換とかはランダムだったのかな。

で次の全市決勝は1回戦別ブロック4位の奴とあたってよくわからないけど勝って、その次にまた別のブロックの1位の選手に当たった。これがもう強くて、確か最終的に全中ベスト32とかまで行った人なんだけど、公式戦で11-0でセットを取られるという得難い体験をした。まあ手も足も出なくて、笑っちゃったなあ。1年最後の大会はベスト16で終了。

その後の中2の春季大会で飛躍した。大会前日にラケットが折れたんだったな。中1の頃から逆張りで、一人だけカットマンをやりたいって顧問に言って。始めた頃にちょうど女子卓球で王輝が日本一で、松下浩二もまだ有名だったから、普通にカットマンはある程度人気だったかもしれないけど。で台から下がって先輩のループドライブかなんかを底でカットしようとしたときに、床に思いっきりぶつけて、綺麗に取手が取れたんだったと思う。まあそれまでもよく低空でカットしすぎてぶつけてたから、ダメージが蓄積してたんでしょう。

大急ぎで学校の近くの用品店に行って、同じラケットを買ってもらった。こういうところで親がすぐ動いてくれて協力的だったことは、決して万人にとって自明なことではないんだろうな。ラバーをどうしたかは覚えてない。折れたラケットのやつを剥がして張り直したのかな? 新品にするとそのバウンドに馴染むまで時間がかかるからなあ。試合前日にラバー張り替える奴なんていないよ。

それで気負いとか全然なくて試合に出れただけでラッキーみたいな気持ちで出たもんだから、大会は大活躍だった。3年も一緒に出てるから勝ち進めるとは全然思ってなくて、というかそれが初めての学年混合の試合だったんだけど、くじ運も良かった。初戦で2セット先に取られて、やっぱラケット折れたしダメかあなんて思ってたら、体がまだ温まってなかっただけで、そっから3セット連取して、その後調子が上がって、16入りで当たった第8シードの選手にもなんか3-0で勝っちゃった。この時点で全市行きは確定してたんだけど、もう一個勝って、準々決勝で第1シードの選手に当たった。この人は市で優勝争いしてる人で、今でも本名で調べると大学に入ってからの全日本の試合動画とかが出てくる。

なんかめちゃくちゃ調子が良くて、俺が先に1セット取ったもんだからベンチ大騒ぎになって、まあその後普通に負けたんだけどそれでも善戦して、悔しさなんて微塵もなくてただただ楽しかった。冬の学年別大会でベスト8止まりだったのに、今度3年も入れてまたベスト8入ったもんだから、びっくりした。しかも準々決勝で有名人からセット奪うし。

2年の春季団体については全く記憶にない。どうだったんだろう。その頃はまだ3年の先輩が大勢辞める前で、団体はその人達が出てたのかな。少なくとも夏前には3年生がほとんど辞めちゃって、もしかしたら既にキャプテンを除いた先輩に負けなくなってた俺が重ねてクソ生意気だったのが作用していたかもしれない。先輩とはよくしょうもない言い合いをした。でもその前から不真面目な学年だったから、一人圧倒的に強いキャプテンや形式的なところで厳しい顧問とソリが合わなくてということもありうる。そのキャプテンにはマグレ以上の確率で勝てるようになることは結局なかった。

2年夏のブロック予選はシードからスタートしてしっかり通過を決めた。まあ春9位の選手に8入りで負けて、順位決定戦は全部勝って結局9位だったと思う。往々にして9位にはトーナメントの場所が悪かっただけで実力はもっと上って人が入ってくるから、残当。なんかテニスのトーナメントはシード順そのままではトーナメント表の骨組みが決まらずなんか変則的(ベイビーステップで気付いた)だけど、うちの中学卓球は少なくともシード順に勝ち上がれば常に対戦カードのシード和が2冪+1になるようなカノニカルな対戦表だった。

団体戦は8入りでラストで出て粒高対カットマンのチキンレースをフルセットで制してチームのベスト8達成に貢献した。準々決勝でベンチから応援している仕方が生意気だということで相手選手の不況を買ったらしいというのを後から聞いて微妙な気持ちになったが…。個人の全市決勝も、春に出来なかった1勝を挙げて、市ベスト32という最終成績だった。ベスト12までが府大会に行けて、来年は行けると良いな〜と。キャプテンは府大会を惜しくも逃して泣いていたと思う。次からは俺たちの戦いだ、というのと同時に、ここまで本気でやれるかと少し不安だった。

それぞれの大会に思い出があって、書いている側は楽しいのだが、勝った負けたと数字ばかり続いている。夏の大会でも初戦で2セット先取されてから逆転したり、そういう必死な記憶の積み重ねが去来する。それをざっくばらんに書こうとすると数字になってしまうのか。

しかし楽しいのも苦しいのもここからである。2年秋から始まる1年間が全てであった。先輩のいるシーズンは右も左もよくわからないまま通り過ぎていったが、次の1年では強豪校のレギュラーはもうお互いに知っていて、意識しあって、手に入れたメールや携帯で別ブロックの様子を訊きあったりして、そして全員もれなくガキだった。

先輩が引退し、新キャプテンになった。就任時に抱負を求められた。

「団体で近畿に行こう」

平凡

この前の土曜日はこちらへ来てから初めての日本人会の in-person event があった。日本語だとどういう表現が自然だろうか。授業だと対面という用語が一般的だろう。そもそもオンラインが前提の世界ではなかったので、私の語彙はそこで止まっている。

日本人会といっても、全員が日本人というわけではない。ハーフも沢山いるし、日本に興味があるだけの外国人もいる。ことあの集団において日本人・外国人という二項対立は特に意味をなさないので、あまり褒められた表現ではないような気もするが。特筆すべきはその海外経験率である。現在の身分が始まる前に一年未満しか海外生活をしていないという人は殆ど存在しない。確か一人だけ博士以前の海外経験がないという人に会ったことがあるが、それ以外の数十人は少なくとも一年は留学経験が先にあるように思う。学部生に限って言えば、海外(ここでは日本の外という意味だが)で人生の大半を過ごしている人が大半であるように思う。もちろんこの見積もりはそのうち修正されるだろう。

下書きを寝かせている間にもう少し細かい数字をたまたま聞いた。日本の血が入っている人は学部生で一学年10人くらい、完全に日本生まれ日本育ちは3人くらいということらしい。後者は典型的には高校以前からイギリスにいる。つまり日本人はマイノリティであるし、オックスフォードが海外生活一年目という自分もまたその中で少数派である。

少数派であるというのは思ったよりも大変である。一つ例を挙げると同じ側に端的に不快な言動を繰り返す人間がいたとしても、少数派の定義からして取れる選択肢は少ない。少々の嫌悪とは付き合っていくことにする、少数派を脱却することを目指す、あるいは群れることをやめるというのがパッと出てくる道だろうか。こういったことを延々と論じたい訳ではないのでこの辺りにしておくが、マイノリティとして生活するとチクチクと不便さが露見してくるものだなあという小学生並みの感想である。学科の控室で楽しく過ごしている頃にはうまく咀嚼できなかった類の言説であり、現象である。

さて、『平凡』とは角田光代の短編集である。日本人会のイベントで仲良くなった人がこっちに持って来ているということで貸してくれた。新潮文庫の昔ながらのフォントで古さを感じながら読んでいたら途中で「ツイッター」なんて単語が出てきて面食らってしまった。2014年の作品で、文庫版に関して言えば令和に入ってからの発行であった。六つの短編は、いずれも「もし」の話である。選ばなかった、選べなかった未来がふと顔を出した時、我々の心は揺れる。だからといって何かができる訳でもないのに、繰り返し後悔する、あるいは別にそこに正負はなく、ただ思いを馳せる。そういう人達が設定を変えて描かれている作品である。

短編たちのうち、作品として好きだったのは『こともなし』と『どこかべつのところで』であるが、記憶に残ったのは表題作の『平凡』に登場する、呪いそして願いとしての「平凡」である。自分と関わって、憎悪を以って縁が切れた人間に対して願う平凡さ。平凡こそが不幸である。いや実はそうではなく、本当は不幸にならなくても良いから、平凡な人生を送ってくれと願う。憎悪のような強い感情は数日で消えてしまうものだが、例えば半年に一回 SNS で見かければ、平凡であれと願う。これは愛と対極にある感情なのだろうか。

されど平凡は美徳である。自らに対して願うものもまた平凡である。これは非凡であるという自意識の上に成立しているものなのだろうか。説明のしやすい特殊性と、ど平凡な思想である。しかし思い返すと、私が何か深く落ち込んでそこに言語化を試みるとき「個への意識が強過ぎる」という旨を、決してポジティブにではなく言われることが何度かあった。自分が何を為すかが問題にならない人間などいるのだろうか。いるのだろう。しかし私はそういう感覚が強いのだろうと思う。何かそこには一貫した信念があって、ある種の美的な軌跡を以って人生は歩まれるべきなのではないか。これは私の幸福な虚無主義に亀裂が走った時のみにひょっこりと顔を出す、それゆえ見直されてこなかった、少年漫画的な精神性である。数学者が形式主義プラトニズムを日和見に使い分けるのと似たような、しかしそれよりもずっと個人的な幼さである。

もっと先に何かがあって、それとも何もなくて、ずっと先を駆け抜けているように見えるのは実は幻で、彼らは前からずっと立ち止まっていて、そして私は流されていることに気付いていない。私は彼らの顔を見ることができない。立ち止まって水面を見ても、自分の顔はうまく見えない。

あー、美味いラーメンが食べたい。普通に。

通過

オックスフォードからロンドンへの往復には電車とバスがありうるが、少々時間がかかるが直通で安いということで移動には Oxford Tube というバスを利用した。片道一時間半というのが時刻表の示す値だったが、往路には二時間かかった。復路がどうだったかは覚えていない。なぜ時間の話をしたのかというと、この時間を見越して iPad に小説をダウンロードしていったからである。

友人との会話の中で円城塔でも読んでみようかという気になったが、物理学者だという著者の略歴を見る中彼が早逝した伊藤計畫と交流が深くその遺稿を作品として引き継ぎ完成させていたことを知り、そういえば教養時代のクラスメイトにやたら早口で伊藤計畫について語る奴がいたなと怪訝な顔になり、結局その頃に映画化で話題だった『虐殺器官』を読んでみることにした。そもそも読書家でもないが、こと SF ということになると読んだ経験は殆どない。多分誰かに影響されて『アンドロイドは電気羊の夢を見ない』を駒場時代に買ったのは覚えているが、それくらいだ。そういえば結局スター・ウォーズも見てないな。

バスの往復で(往路は酔いと戦いながらだが)ゆっくりと『虐殺器官』の前半を読んだ。出だしこそグロさはあったが、タイトルから勝手に想像していた(あるいは映画化の頃に敬遠していた)ような過激さはなく、むしろ繊細で内省的な主人公には興味と共感を覚えた。しかし、翌日最後まで読み進めた時には、前日に私が抱いた高揚感はなく、結末も非常にありふれたものに思えてしまった。冗漫な物語を摂取することに慣れてしまった私にとって、物語の起承転結が 400 ページ程度で済んでしまうというのは物足りないということだろうか。自分はもっとダラダラしたのが好きなんだなと、そんな風に結論付けた。

さらに翌日、つまり月曜日であるが、イギリスはバンクホリデーと呼ばれる祝日である。この国には日本の半分しか祝日がないのだが、まあ毎日が祝日みたいな生活をしていると言えなくもないので文句は言わないでおこう。『虐殺器官』と世界観を共有する『ハーモニー』を読むかあるいはその映画を見るか考えていたのだがあまり気が乗らなかったので、円城塔に手を出してみることにした。

読んだのは単行本『これはペンです』である。この本は表題作と『良い夜を持っている』の二つの中編からなるのだが、なかなか二つの作品の趣は違って見えた。『これはペンです』は最高のエンターテイメントである。私は終始ニヤニヤしながら読んでいた。ある友人に言わせればこれは「我々」であり、別の友人が使うであろう言葉を前もって拝借するならば「きらら系」と言える。科学的な記述には(少々冗長に思えるくらい)丁寧な説明があり脱線することもままあるのだが、それはご愛嬌だろう。難解を謳われる円城塔の作品の中でも読みやすいことで評判なようだ。

そんな愛の溢れた『これはペンです』であるが、落選した芥川賞の講評(円城塔(えんじょう とう)-芥川賞受賞作家|芥川賞のすべて・のようなもの)を見てみると面白い。(別で歴代の受賞作に対する石原慎太郎のコメントだけ眺めてみるのも面白い。)私は芥川賞の基準を知らないので何とも言えないが、ふわふわとした意見を述べるならばこの賞にしては過度なエンターテイメントであるように思える。胸をかき混ぜてくることはなく、終始安心と微笑を与えてくれる。純文学の殿堂かと言われれば…いや、私は日本の文学について特に知らないな。これからは直近の芥川賞直木賞作品くらいは読もうかな、とそんな気にさせてくれる。自分の言葉数には時々嫌気が差してしまうな。面白かった。笑わせてもらった。

転じて『良い夜を持っている』であるが、『これはペンです』の意外性のない平坦な安心感とは対照的な、一気に駆け抜けていくような表現を持っていた。小説としてではなく、ということであればラマチャンドランの『脳の中の幽霊』を少し読んだことがあるが、物語としての、いや指向性のある《物語》とは少し異なるのだが、没入と高揚を与えてくれた。私は前半より遥かにこちらの方が好きであると思うと同時に、大きな印象としての「訳分からなさ」を拭いきれなかった。訳分からないから面白い。これは別に逆張りではないと思う。

一応は「訳分からない」という表現を選んでいるが、この難解さは決して理解が及ばないとか意味不明すぎて読み進められないといったものではないように思う。細部の組み立ては、それぞれのパーツはすんなりと入ってくる。しかし気がつくと辺鄙なところを迷い歩いている。私はどっちから来たのだろうか。そういう時、現代文の試験なら何度も前に振り返って読み直すのだが、小説を小説として愉しむとき私はそのまま進む。だってそうだろう。普段の会話だってそうだ。この文章だってそうだ。文字の羅列にはその流れがある。もちろん我々はその向きからは解放された高次の存在であるとも言えるが、私は自然派なのでね。

一冊の小説を読むのに、漫画を読むのに、私の数倍、下手したら十倍の時間を懸ける人達を知っている。なかなかどうしてそういう人は思慮深い。これは単なる認知バイアスで、私がその生態に興味を持っているという前提条件があるというだけなのかもしれないが。そういう劇的な違いを目の当たりにすると怖くなる。私は表層をなぞることばかり覚えてしまっている。私にとって、メディアとは、私の経験の櫛を通り過ぎていく流れである。そこには明確な指向性があり、一期一会である。気に入った作品を何度も見るということも殆どない。本がつまらなくて読むのをやめてしまうということも殆どない。

波に逆らえなくて流れるように嘘をついてしまった。アニメ作品に限って言えば気に入った作品を何度も見るということは殆どないかもしれないが、祖母の家に行けば『修羅の門』を読むし実家に帰れば『黒子のバスケ』を読み返す。小学校の頃は『ハリー・ポッター』を十周くらいしただろう。五周目くらいで漸く気付いた伏線もあった。四巻の末のダンブルドアの表情の描写である。これは映像媒体特有の、自分でスピードを制御できないものへの態度であるかもしれない。本がつまらなくて読むのをやめたことも幾らかはある。『デイビッド・コパフィールド』は長すぎて二分冊目くらいで投げたし、『吉里吉里人』もそうかもしれない。チャーチルの自伝なんてものの数十ページで読むのをやめた。確かホワイトヘッド哲学書は一ページ目で断念した。漉し取れないことも当然あるのだ。

しかしある程度何か糸くずが絡まってくれるならそれ以上全てを堰き止めてまで吸収しようということにはならない。結局のところ時間とのトレードオフで、それが楽しみ方であり忍耐であるということか。その点映画はいい。快適な椅子にどしりと構えて何かが琴線に触れるのを待てばいい。ジャズか何かをやっている先輩が「音楽って、人によってどの音を聞いているのかまるで違って面白いんだ」と言っていた。交流は櫛の形を変えるだろう。

読んだ作品に限って言えば、伊藤計畫よりも円城塔の方が私の好みである。前者に感じた失速は、物語への誠実さによるものだと今では思っている。『虐殺器官』は物語である。始まりがあり、歴史があり、主人公は変わり、そして世界も変わる。『これはペンです』は物語だろうか? 日常系を物語と呼ぶなら、きっとそうだろう。昔小説家入門サイトみたいなものをチラリと見ると「小説とは、主人公が他の人物との交流を通して成長する物語である」というような定義がなされていた。小説だったか物語だったかはここではあまり重要ではなく、要は《変化》が主題であるかどうかを私は引き合いに出しているということだ。

虐殺器官』はどこまでも誠実に主人公の変化を扱っている。如何に世界観をこねくり回して主人公が哲学者で、そしてそれが私の好みでも、展開は王道であり、そしてそれゆえ陳腐になってしまうことは避けられない。円城塔は作品を終わらせていない。あるいは終わらせなくても作品は成立するということを主張しているのだろうか。むしろもっと、小説という形式を弄んでニヤニヤとしているような、そんな《我々》を感じる。そして、私はそこに清々しさを感じるのである。終わらせなければ、失速もしない。陳腐にもならない。これは、臆病な私にとっての《切実な問題をはらんで》いるかもしれない。私が「ダラダラとしたのが好き」であるというのはしたがって少なくとも正解ではなかったのだが、あながち的を外してもいないように思える。

もしあなたがどこかで同じ道を歩いたなら、何が聞こえたのか教えてくれないだろうか。

外出

気分の落ち込みの中に数学の意味を見失った私は、隣人に諭され、先週毎朝三十分かけて研究室へと足を運んだ。いや、元々そこに意味などないのだが。手なりで数学は言語だと言うこともあるが、私は同時にことばのことは非常に面白い対象だと思っている。《言語》が我々の意思疎通を促すデジタルなツールとして言及されるとき、それはことばではなく、数学であり、そしてつまらないものだ。そのような言語を私は数学以外に知らないし、もちろん私は数学がそのような言語だと思えるほど若くもないのだが。

先週の研究室生活は非常に楽しいものであった。三人部屋で私しか大学に来ていないのは少々寂しいが、隣の部屋にも同じく一人来ている二つ上の先輩がいる。先週の平日には、五回の昼食のうち三回をその先輩と共にする。北欧英語のリスニングに苦しみながら、ロックダウン生活で耳にする少数の訛りに調律された耳はまだ汎化に至っていないのだなと理解する。金曜日の夕方にはハッピーアワーなるものがあり、数学科のコモンルームに人が集まっていた。

やはり人と喋るのは良いものである。壁の外にも人類がいたのかと、私の他にも物を考える存在がこんなに沢山いるのだと。同じタイムゾーンで生活する人との交流は、私の現実感を取り戻してくれる。寮の同じ階には私のほかに四人が生活しているのだが。単に生活空間の変化、メリハリということなのだろうか。特に研究室に行って自室より手が動くといった感覚はないが、精神状態はずっといい。これと言って仕事の側が進捗していなくても、合わせて一時間以上かけて数学科に通えば、そこで別にお気に入りなどなくとも音楽愛好家のまねごとをしてリズミカルに歩けば、何か一日が有意義なものだったと思えてくる。

教授は「数学の研究で『問題を解こう』と考えるのは得策ではない。貢献できるであろう領域を、ゆっくりと円を描きながら冒険し、理解していく。その途上で極めて大きな問題が解けることもある」と諭す。ある友人は、これと本質的に近いことを、私の《悩み》に対して言う。我々は皆悩んでいる。私に限らず、人はふとした時、社会の閉塞を、人生の儚さを、宇宙の有限性を憂うだろう。内省的になる期間がほんの少し長すぎただけだ。疲労を少し溜めすぎただけだ。あるいは、今まで悩む暇もなく何かを盲信していただけだ。

私はまたここに戻ってくるだろう。これはそんな特別な悩みではない。むしろありふれた、誰でも抱えているような類のものだ。意味はない。しかし日に当たると機嫌が良くなる。運動するとよく眠れる。そういう風に出来ている。

週末は別の先輩に研究の話でもと誘われロンドンに出かけた。今シーズンはちょうどアニメ『憂国のモリアーティ』を見たりしているのだが、ベイカー街には言わずと知れた探偵事務所がある。彼の銅像があったが、よく考えると誰がその立ち姿を決めたのだろう。ドイルの文章による描写から、どのくらいの同値性を捨象して定まるのだろうか。例えば漫画はまだ分かりやすいと錯覚するが、ライトノベルのイラストはどういう往復を通して定まるのだろうか。私の読み方が浅いだけで、実はみんな物語といえばくっきりとした輪郭を思い浮かべて読んでいるのだろうか。私がキャラクターデザインの妙について無知であるということは確かだろう。ところで、ベイカー街のある Marylebone は「マールボーン」と発音するらしい。Mary + le + bone と発音してネイティブに二度訂正された。一度は「本当にイギリス人は誰もこの土地が Marlebone と発音されるのかわかっていないのだけれど、y は無視するんだよね、まあ別に誰も気にしていないんだけれど」と(実際には確かもっと長く)婉曲的だったもので、別に皮肉とかではないのだろうけど、Britishism を感じて心の中でニヤついた。この責任は私の中の京都にある。

北欧やネイティブに比べて週末のイタリア訛りは随分聞き取りやすかった。これはスペイン・イタリアに共通したローマ字読みに依るものなのだろうか。彼は印欧語の機微について詳しくはなかったが、後から合流したその友人は日本語についてまでよく知っていた。こっちに来てから、会話の途中で教養かぶれた内的思考をすることが増えた。単に発話の頻度が減ったからだろうか。会話のキャッチボールではなく、酷くアカデミックに偏った私の英語そのものによるせいだろうか。恐らく、小学生みたいな口調で気難しいことばかり言っている謎の東洋人だと映っているだろう。

夕日を受けながらだだっ広い公園で飲むビールは美味しかった。なんの話でそうなったか、「日本はもう資本主義レースには負けてしまったが Anime と Manga と Nintendo がある、それでいい」と言えば彼は笑いながら「我々にも Pizza と Spaghetti がある」と言っていた。一国で SDR 通貨を抱える日本の人間がそういうのを言うのは後になって考えると少々嫌味かもしれないが、まあアルコールも入っていたのだしあまり気にしないだろう。ドイツ人の英語の発音を真似して笑う飲み会なんてのもこの国では日常なのだから。

前置きにしては少し長くなってしまったが、この記事の主題としてこれを意図していた訳ではない。記事は別タイトルで、週末の読書によって想起されたものを予定していた。それについても途中まで書いたのだが、今日中に終わらなさそうだし分けることにする。別の着地点を意図して書いていた文章だから、どこか脈絡のないものになっているような気もする。まあいいだろう。ただの日記だ。

一応結びをつけよう。先週を通して数学に意味が見出せた訳ではないが、研究室に足を運ぶことは私の精神状態を劇的に改善した。寝て起きてを繰り返すうちに悩んでいることに飽きただけかもしれないが。機嫌が良いのが続くのであれば、博士号を取り切るまでくらいは続けられるだろう。その後どうするのかは分からないが、無理に今答えを出す必要はないだろう。自分の機嫌をとる方法は一つわかった。この方法にもまた飽きるだろう。でもその前には日本に帰っているだろうか。願わくば、そこであなたとの再会があらんことを。

棄却

留学前に英語を勉強していた時だったか、naysayer という単語に出会った。「否定ばかりする人」という意味である。文脈によってはただ「反対派」という意味でも使うのかもしれないが、ここでは属人的な性質としての naysayer についての話である。私はこの単語を見てハッとした。残念ながら私がそうなのである。他人の意見については明確に否定しないよう心がけているつもりだが、特に一人で思考している場合には、ある指向性のある命題が提示されたなら、私はまずそれを否定することから考える。

多くの場合において、否定は肯定よりも簡単に示される。「A ならば B である」という主張が提示された時、A だが B ではない例をたった一つ探してこればいい。数学においてそれは表現形式の差異に過ぎないが、より曖昧な、経験的あるいは言語的な営みにおいては、発せられた主張はあらゆる反論に耐えなければならず、それは困難を極める。この段落の内容だって簡単に反証できる。

こう考える私は、アイディアを否定するのが得意である。自分が何か思い付いたらまずその粗を探し始める。否定するのが得意であることは、正しい道を見つけるのが得意であることに繋がってくる。ありうる道を全て否定して残るのが正しい道である。数学の問題は、正しい道を選択するまで適当に思い付いた方針を棄却し続ければ、いずれ解ける。誤ったアイディアの棄却が速やかに行われるならば、問題を解くのにかかる時間も遥かに短くなる。私が正しい道を選択する確率が正である限りにおいてこの主張は正しく、そして私はこの棄却能力こそが私の数学力の本質であると思っている。

しかし、自分のアイディアを棄却し続けるのはかなり苦しい営みである。数学の問題を考えている場合においてはこの苦しさは精々問題が解けた時の達成感のジャンプ台として、あるいはそもそも解けなさそうな問題に見切りをつけるためのバロメーターとして機能するのだが、もう少し抽象的な段階においてはそうはいかない。次にどんな研究をするか、どんな物語を創りたいか、お前は何をして生きたいのか。選択に消去法が強い効力を持ってきた私は、いざ無限の可能性を提示されると途方に暮れて進めなくなる。だったら選択肢を用意するしかない。既に世にある論文を読む。小説を読む。他の人の紡いだ物語の組合せから、私は消去法で次の道を決める。そうやって生きてきた。そこにあるものへの違和感を大切にして生きてきた。棄却した選択肢については考え尽くしていても、選んだ選択肢についてはあまり考えて来なかったんじゃないか? あるいは全てを棄却してしまったら?

私は強い言葉を使う人間に嫌悪を抱く。彼らは何も考えていない。私だったらそんな思い付きは棄却している。でも彼らは棄却しないだろう。彼らには自信がある。私は強い言葉を使う人間に憧れを抱く。

ことば

ことばについていくつか書いてみる。

次に大きな数

聞き飽きた話題だという人もいるかもしれないが、11の次に大きな素数はなんだろうか?

私にとっては13である。「次に大きな」という言明では、ここでは素数という対象の《大きさ》による整列が行われる訳だが、素数全体を大きい方から整列するというのは無限性から不可能である。従って、素数全体の集合で《次》と言えば小さい方から数えるのが自然である。これは私の後付けの理由であり、答えは理由に先行する。これはもちろん私の感覚でしかないのだが、例えば同様の問題を取り扱った次のブログに私と同じ側の用例が集められている。

kumiyama-memo.hatenablog.com

勿論、富士山の次に高い山は北岳であるし、霞ヶ浦の次に大きな湖はサロマ湖である。では「11の次に小さな素数は?」と聞かれたら何と答えるだろうか。この場合もやはり13と答えるだろう。これらは全て《整列》という観点で正当化可能である。整列方法が二通り以上ある場合はどうだろうか。例えば「1から5の中で、3の次に大きな数は?」という問いである。「1から5」だと「4」と答えそうだが、母集団がもう少し複雑になると3より小さい数のうち最大のものを答えそうだ。《整列》にどのくらい疑問の余地がないかが関わってくるように思える。

同様の話題についての私とは異なる側の主張として、「A の次に大きな」ものとして A よりも大きなものを答えるのはただ数学が苦手なだけではないのかという指摘を見たことがある。確かに、大きい順に並べることが(前に無数にものが続くことになっても)常に可能であるという立場であれば、《自然さ》を排して論理的に思考できていないだけだという主張にも一定の真実があるかもしれない。

しかし、そもそも「次に大きな」という表現の「大きな」は「大きさ」だけではなく「大きい」という指向性を含んでいるのだろうか。連体詞を用いる表現ではなく「次に大きい」というものについても調べるべきだろう。一貫性のために「次に大きな」を用いてきたが、少なくとも私にとってこれらに意味上の違いはさほどないように思える。さて、それを調べるため、いくつかの表現について Google で完全一致検索を行った結果が次である。

  • の次に大きな:約 5,330,000 件
  • の次に小さな:約 208,000 件
  • の次に大きい:約 1,280,000 件
  • の次に小さい:約 550,000 件
  • 次に大きな:約 36,600,000 件
  • 次に小さな:約 8,840,000 件
  • 次に大きい:約 4,250,000 件
  • 次に小さい:約 4,480,000 件
  • 大きな:約 603,000,000 件
  • 小さな:約 337,000,000 件
  • 大きい:約 344,000,000 件
  • 小さい:約 267,000,000 件

さて、連体詞と形容詞の連体形でかなり事情が違うらしい(高い・低いについても同様に調べてみたが、「大きな」が連体詞であることに特殊性があるのではないかと思えてくる)。注目すべきは、「次に」が付与された途端に「大きな」の優位性が跳ね上がることであろうか。これは私の考えている

  • 「次に大きな」という表現では、「大きな」は向きを持たずにただ「大きさ」のみを意味する場合もある

という考えを支持する結果であるように思われる。より踏み込んだ議論についてはそういうのが好きな人に任せることにして、次の話題に移ろう。

言語ゲーム

ウィトゲンシュタインは、やはり哲学者の中でも際立った存在であるように思う。どのあたりが異質かというと、私でも名前と生きた時代を知っているというところである。他に20世紀に活躍した哲学者を挙げろと言われるとラッセルとホワイトヘッドしか自信を持って出てこないが、彼らは哲学者であるというよりは数学者という流れでしか認識していない。ゲーデルもその枠組みに入るのだろうか。20世紀の哲学・思想史というページ(http://zip2000.server-shared.com/philosophy.htm)があったのでザッと眺めると名前を聞いたことのある人が沢山いた。言われて分かるのと自分から出てくるのは全然違うとはいえ、もう少し時代感覚を身につけた方がいいような気がしている。

もしウィトゲンシュタインという名前を知らなくても、「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」という言葉は聞いたことがあるのではないだろうか。これは前期ウィトゲンシュタインの《写像理論》の帰結である。これは、簡単に言うと、

  • 言語とは《私》の世界のモデルである
  • 世界は《事態》からなり、言語はそれを写しとる《命題》を与える(=写像
  • 《命題》は最小単位である《要素命題》に対して論理操作を反復して作られる
  • この《要素命題》は《私》の経験により限界付けられる

というものである。そして、《私》の経験によって限界付けられた《命題》によって写しとれない《事態》については何も語る事ができない。神や死、倫理がそういうものであろう。《私の世界》においてこれらのものについて語ることはナンセンスであるというのだ。なにか数学サイドでその頃の流行であった公理的集合論の影響を受けているようにも見える。私の曖昧な理解も彼は許してくれるだろう。「心配しなくていい、あなたがたが理解できないことは分かっている」

ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』でこの論を展開した後、哲学の問題はこれによって全て解決したと考え一度研究者を引退し小学校教師等として活動するのだが、約10年後に哲学の研究を再開する。後期ウィトゲンシュタインの研究は死後出版された『哲学探究』に結実し、そこで提示された《言語ゲーム》論は『論考』の行き過ぎた態度を書き直すものであった。

言語ゲームとはなんだろうか。ウィトゲンシュタインが与えた最も単純な例の一つが「台石ゲーム」である。建築現場で親方が「台石!」と叫ぶと助手は石材のストックから台石を選び、親方に渡す。この原初的な言語は「台石」「柱石」「石版」「梁石」の四つの語からなる。ここに文法など後から体系化された概念は登場せず、ただ親方が「台石」と言えばそれは助手が次にすべき動作を表しているのである。ここに建築の仕組みを知らない人が訪れると、親方が何を言っているかを完全には分からないであろう。これが《言語ゲーム》であり、言語の使用は常に暗黙のうちに共有されたルールに基づいて行われているというのである。ここでルールと書いたが、これは厳密に書き下せる類のものではなく、また境界も非常に曖昧なものであるということに注意が必要だろう。ウィトゲンシュタインは子供たちが野原でボール遊びをする時のふんわりとしたルールを例えに出している。

とはいえ、建築現場をしばらく眺めた人は「ははん、これは次に使う建材を宣言して持って来させているのだな」ということは汲み取れるであろう。これは言語使用者側の《生活形式》の一致及び言語ゲーム間の《家族的類似》として説明される。我々が何かを定義するとき、例えば「2」という数を二つのくるみを指差して定義するとき、それによって何を定めているのかが伝わるのは経験構造に共通性があるからであり、より一般に言語ゲームが成立するのは常に《生活形式》の一致に基づくということである。また《家族的類似》の概念は語やゲームが何か厳密な意味において共通性を持っている訳ではなく、沢山のゆるい類似性を持つに過ぎないということを主張する。

ここで提示されているウィトゲンシュタインの議論は終始曖昧なものに思える。そもそも《言語ゲーム》というのは結局のところ我々は何か決定的な定義や理解をそこに与えることができないのだという態度なのだから、むしろ非常に一貫性があるとも言えるだろう。本質の存在の否定は、言語の体系的な研究というのはあり得ないということを示唆しており、この点においては、独我論的な『論考』から彼の態度は変わっていない。

記述主義と規範主義

ウィトゲンシュタインのように「本質などない、言語の研究は不可能だ」と断じてしまうのは簡単だが、現実にはそうはいかないだろう。実際に言語は研究されており、その言語研究で現在取られている態度を記述主義(descriptivism)と呼ぶ。対立する概念である規範主義(prescriptivism)の方が親しみがあるだろう。これは「言語はどのように使われるべきか」を規定し、押し付ける態度である。政策や教育の範疇において広く採用されている姿勢で、従って我々の多くが内面化しているものでもあるだろう。マナー講師は規範主義で飯を食っている。彼ら彼女らが新しいマナーを作り出し、正しい敬語の使い方を独善的に定めるのは単にそれが仕事だからであろうが、規範主義には別の理由もある。

別の、あるいは規範主義の根本的なモチベーションは「変化を止めること」である。言語は絶えず変化する。特に Twitter 等で次々に新たなミームや言葉遣いが提案され受け入れていく様子は端的にいって草が生える。しかしながら、例えば日本という言語を共にするまとまりにおいて円滑に教育や行政を行うには言語は統一されている方が都合が良い。そもそも言語が曖昧であるから法解釈だのなんだの議論されるのに、変化のスピードを人工的に抑えないとなればあの種のものが存在意義を保つのは難しいであろう。

では記述主義とは何か。それは言語学における「正誤の判定をせず、ありのままを書き留める」という態度である。そもそも言語に正解も不正解もなく、今日使われている言葉は明日には死後かもしれない。今使うと誰にも通じない表現が、10年後には常用されているであろう。教育・テレビ番組で規範主義の雨に打たれた我々でもそうなのである。かつて地方によって、あるいは県や集落レベルにおいて方言の分化が止まらなかったのも頷ける。この様子を、あるいは規範的に言えば誤用であるものの発生を記述しその機序に迫らんとするのが現代における言語学である。

私は規範主義が嫌いである。言語とは本来流動的なもので、一つの《誤用》は仲間内で通じず誹りを受けるかもしれないが、誤用が多数なのであれば最早それが正しいのである。規範主義はただのお偉いさんの都合である。言語に正誤を定義する態度が間違っている。それでも、そう思いながらも、私は文法を気にしているし、耳馴染みのある単語でも文章にするときはいちいち意味を確認したりしている。私は社会的動物である。ああ、ムカつく。

おまけ

ω の次に大きな順序数は?